月光微韻(-短編二十二章-)
詩 北原白秋  曲 藤島昌寿

月光微韻の添え書
自然観照の深さとその幽(かそ)けさとの奥にひそみて、かの消なば消ぬかの月の光と、いな、月のにおいを、その象をさえもとらえんとする幽かなる人々にのみ、このほのかなる短唱のかずかずをおくる. 形のあわれに短くほのかなるは心の幽かなるによる。こは歌にも俳句にもあらず、詩より入りてさらに幽けく凝れるのみ。」
芸術論 『芸術の円光』より
「詩の香気と品位ということを私はいつも考える。これを総じて気品と云い気韻というのはそれである。これは巧みて成るものではない。詩人その人のおのずからな香気と品位とがそのままそれらをその詩に持ち来すのである。
詩の一つ一つの気品も要するに詩人その人の内に深く潜められた虔(つつ)ましさ、充ち満ちた霊魂の信実、その底の永生の神格、そういうものが、おのずとその人の気品となって外に現れたものである。」
 1 月の夜 の 
   羅漢柏
(あすはひのき)
   なんとなき
   春の幽
(かす)けさ

 2 月の夜の
   煙草のけむり
   匂のみ
   紫なる。

 3 星よりも
   ほのかなものは
   みどり児のほほゑみ、
   ついたち二日の月。

 4 露けきは月の夜にして、
   竹の根の
   竹煮草の葉。 

 5 月の夜に
   影するものの真近さ、
   花ちり方の椎の木。

 6 人声の
   近づきて、
   明るか、
   月夜の野茨。 

 7 月の夜の
   白い白い木槿
(むくげ)
   影さすものは
   笹の葉。

 8 そよかぜにも
   小竹
(ささ)のゆるるか、
   ゆるるか。
   月の夜の雀よ

 9 月の夜に
   雫
(しずく)するもの
   霽
(は)れやらぬ椎の狭霧。

 10 月照る野路の明さにて、
   など啼きやまぬ、
   鶉
(うずら)よ。

 11 蝶の飛ぶ
   水田明り、
   その末は
   月の夜の海。
 

 12 月の夜の
   星の淡さ、
   見え来る声の
   幼なさ。

 13 ありありと
   現はるる風、
   夜のふけの孟宗の月。

 14 月の夜の千鳥
   見えて啼けとの。
 15 月の夜の
   見えの薄さ、
   風の吹く道、
   星の間の線。

 16 月のあなたの漣(さざなみ)
   夜ふけて、
   わたる人あり。

 17 月の夜の
   薄翅
(うすば)かげろふ、
   白芥子
(しらけし)
   空に舞へよ
 
 18 月かげすらも
   痛からむ、
   明日ひらく紅き蓮の
   蕾の尖よ。

 19 頼むは明日の星、
   にほへよ月の椎の木。
  
 20 木の花の
   ほのかなる、
   梢のみ
   月に光らせて。

 21 月夜の榧
(かや)
   かやの実が青うつくかよ。
  
 22 ー「月に開く窓」弔詩ー
   風高し、あはれ、
   影無うして、月に開ける窓
羅漢柏(あすはひのき) あすなろ。ひのき科の常緑喬木。葉はひのきに似て鱗状に重なり合う。
*竹煮草 けし科の多年生草木。高さ2メートルくらい、茎は中空で白粉を帯び、葉は大きく、夏、白い小花をつける。竹を煮る際に入れると柔らかくなるというのでこの名がある。
*白芥子(しらけし 芥子そのものものも、竹煮草と同じように、葉や茎に白粉をふき、遠目にはほの白く見える。
*孟宗竹 「孟宗」は二十四孝のひとりで、寒中に親に筍を供えた孝子の名。
孟宗竹はもと中国江南地方から渡来。日本で最も大きな竹の一種で茎は中空で外皮は白蝋質、黄緑色を帯びる。
                                    参考引用「日本の詩歌9 北原白秋」より
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